しば胃腸こうもんクリニック - Shiba International Anus Clinic

院長

ご挨拶

院長 佐藤 幸宏

自分らしいところを出したクリニックを妻やスタッフと作りたいと決意し 2013 年に開業しました。 今日までやってこられましたのは、1 人 1 人が決意され、当院に訪れてくださいました皆様のおかげでございます。

現在、新型コロナウイルスの、拡散予防を講じながら診療しております(日本医師会の感染対策の方針に従い)。 診療中は院内の全ての部屋の窓は空いていて、換気は良好です

「大学卒業後」救命救急に始まり、消化器外科、アメリカ留学、その後また、救急、へき地医療、消化器外科、そして、肛門外科専門病院で勤務していました。
当院の理念は、人間間の疎通から発生する患者さまへの安心感、ここなら全て任せられるという感触を持ってもらえるように努める事です。 ある患者様方々から聞いたのは、他院ではないアットホームな雰囲気があることだそうです。

当院の診療上の特徴は、肛門外科の日帰り手術で痔瘻(あな痔)が、肛門の予定手術数の半数近く占めており、より専門性の高い技量を要する疾患のため、近隣の医療機関での対応が難しい現状の影響によるものと感じております(何人かの患者様から話も伺い)。

開院したとき、大学の先輩のクリニックに習い、診療所でも医療安全システムを構築していて*日本医療機能評価機構 医療事故防止への参加もしています。

救急医療にも活発に取り組んでいる一方、 スタッフへの教育と緊急時の対応に備えたシステム作りには努力をたやさない姿勢でおります。

これまで磨いてきた技量と人間性とチームワークをフルに生かし、全力で一人一人の患者様への医療サービスに立ち向かう覚悟です。

業績(2013 年開業から)

学会発表、「年齢と術前補水の摂取スピードの相関はあるか?」MeT 3NST(関東) 2016 日本医師会の医療安全対策講座の修了 2015

主な所属学会

日本大腸肛門病学会(肛門科)、 日本臨床肛門病学会(認定医)
日本ヘリコバクター学会、日本消化器内視鏡学会
日本外科学会(専門医)

★ 日本医療機能評価機構 医療事故防止 参加登録医

学歴・主な職歴

日本臨床肛門病認定医、日本外科学会専門医、日本医師会認定産業医
Pylori(ヘリコバクターピロリー)感染症認定医、難病指定医、USMLE(United States Medical License Examination:アメリカ医師免許)
福島県 猪苗代幼稚園 — 絵画
岩手県一関市 薄衣小学校 — 野球部、卒業記念碑 作成監督
岩手県一関市 川崎中学校 — 体操部部長、図書委員会、 体育祭陣地 設計監督
仙台市 東北学院榴ヶ岡高校 — バレーボール部、 文化祭芝居小屋部長
帝京大学医学部 ラグビー部 LOCK、医学部祭後夜祭実行委員、司会役(MC)

  • 1991

    帝京大学医学部卒業、ラグビー部LOCK、医学部祭後夜祭
    実行委員、司会役
    帝京大学附属病院救命救急センター 研修医

  • 1993

    岩手県宝陽病院外科

  • 1996

    S.Huo’s Medical Clinic, Garden Grove , Califorinia ,USA

  • 1999

    VA Long Beach Medical Center (軍病院)
    Department of Anesthesiology, California, USA

  • 2001

    亀田総合病院 救急科

  • 2005

    千葉徳洲会病院外科. NST委員会(栄養)委員長

  • 2008

    慈生会病院外科医長. NST委員会(栄養)委員長

  • 2009

    辻仲病院柏の葉  大腸肛門科

  • 2010

    右田病院外科 NST委員会(栄養)委員長

  • 2013

    しば胃腸こうもんクリニック開業

社会福祉活動

* しば地区クリーニング:数年に渡り継続しており、2017年に地区 生活安全・環境美化活動推進協議会 会長から表彰されました。今もなお継続活動しています。
国境なき医師団 “MSF”
あしなが育英会に寄付
日本肢体不自由児協会に寄付活動毎年をしております。

他のお仕事


四方医院 ひたちなか、茨城県: 毎月数回 肛門手術、内視鏡診療してます。
港区神明 保育園 嘱託医、 港区医師会 救急災害委員会の委員(災害時の救急活動で、毎年 拠点病院で災害訓練に出席。)

産業医:東電タウンプランニング株式会社 港区芝浦  平成 27年 10月
    ハンファ Q セルズジャパン株式会社 平成 31年 4月
    ドリーム夜さ来い祭りグローバル振興財団 顧問 平成 31年 4月